【なぜフランスは原発大国なのか】大いなる反省による決意の象徴!?

教養/豆知識

2011年3月11日、東日本大震災により福島第一原子力発電所に津波が襲い掛かり、我が国日本は甚大なる被害を及ぼしました。これにより、原発へのエネルギーの発電に対して不安視かつ今後推進するのは大変難しい状況となっております。
そんな中、原発依存率がとても高い国があります。

上のグラフをご覧いただくと分かると思いますが、フランスの原子力発電依存率が71%と2位である韓国の22%を大きく引き離し”ぶっちぎり”の1位となっております。ちなみに日本は6%程となります。なぜ、フランスはここまで原発依存率が高いのでしょうか?
このフランスの異常なまでの原子力発電依存率の高さにはある大きな理由があります。
この記事は、フランスがなぜ原発大国なのかについて解説していきたいと思います。
(本記事は、『ゆげ塾のマンガ構造がわかる世界史』を参考にしております。)

フランスが原発大国である理由はズバリ以下になります。
➡理由は、「経済政策による失敗」「外交政策による失敗」という大いなる”反省”からで、フランスの原発依存率の高さは、その決意の象徴になります。

では、その背景と経緯について順を追って説明していきたいと思います。

●今から200年前、産業革命期において
19世紀、産業革命が進んだイギリスは地主から解雇された大量の農民などが都市部に流れ、工場労働者の賃金が安いといった形でいわゆる「世界の工場」になりました。
フランスはイギリスほど工業化が進んでおらず、フランス革命で地主が皆殺しにされ農民は自作農で生活が出来るとして都市化が進まず、工場労働者の賃金が高いといった形で工業の発達が遅れてしまいました。
イギリスは、第1次産業(農業・工業) → 第2次産業(工業) → 第3次産業(商業・サービス業)と順調に産業が発展していき、第2次産業(工業)で儲けた資本を元手に最も利益率の高い金融業を展開しました。そして、その結果、「世界の銀行」になりました。こうして、「世界の工場」から「世界の銀行」になったのです。
ところがフランスはというと、工場労働者の賃金が高いため、工場にお金をかけるのではなく外国へお金を貸しつけたり投資する方で儲けようと考えて第1次産業(農業・工業)から第3次産業(商業・サービス業)に飛んでしまいます。こうして、19世紀フランスの工業化は遅れ、新興国家であるアメリカ・ドイツに対しても追い越されてしまいました。

 

●世界の銀行イギリスと高利貸し帝国フランス
イギリスは「世界の銀行」、フランスは「高利貸し帝国」と呼ばれることになります。同じ金融業でもこの2つには大きな違いがあります。銀行は一般的にはお金を貸す際に”担保”を取りますのでほぼ確実に利益を回収できます。一方、高利貸しは”無担保”でお金を貸すので儲けは大きいかもしれませんが、回収は不確実になり、いわゆるハイリスク・ハイリターンな政策となります。
では、なぜフランスはハイリスク・ハイリターンの政策をとったのでしょうか。
それは、イギリスとフランスの植民地面積の違いが影響していたのです。当時、イギリスは植民地が非常に多く自国の植民地に投資し、目が届く範囲でお金を運用したため安全安心でした。ですが、フランスはイギリスよりも植民地が少なかったため自国の管理の範囲外へ投資を行うこととなり、ハイリスク・ハイリターンな政策となったのです。
具体的な例では、ロシアのシベリア鉄道、エジプトのスエズ運河は高利貸し帝国フランスの資本によって作られました。

●高利貸し帝国フランスの失敗
こうしてフランスは高利貸し帝国となったのですが、最終的に大損することになります。第1次世界大戦中に起こったロシア革命によりロマノフ王朝が滅亡し、社会主義国家であるソ連が誕生しました。このソ連誕生により、ロマノフ王朝時代のお金の返済を拒否されてしまいます。さらに、第2次世界大戦後エジプト政府によるスエズ運河国有化によってスエズ運河株式会社の株券も実質紙切れ同然となってしまいました。


こうして高利貸し帝国フランスは失敗することになってしましました。

 

●ヒトラー登場によりフランス撃墜
1933年、ドイツにヒトラーが登場します。ヒトラーは第1次世界大戦後に結ばれたベルサイユ条約で禁止されていた徴兵制を復活し大規模な軍拡を開始します。長らく、ドイツと争ってきた隣国フランスはこのヒトラーの登場に震え上がります。
そんな中、イギリスはヒトラーの軍拡や領土拡大を許しました。宥和政策いわゆる大目にみたのです。それは、イギリスにとって相反する共産主義という思想を掲げるソ連にナチス・ドイツをぶつける思惑があったからでした。しかし、この宥和政策は破綻します。なんと、ナチス・ドイツとソ連が1939年8月に独ソ不可侵条約を締結することになったのです。こうして大きく成長したナチス・ドイツ軍は隣国フランスに攻め込んできます。戦車・装甲車・トラックなどを質、量ともに準備したドイツ軍は電撃戦を展開し、ガソリンエンジン・ディーゼルエンジンの技術によってたったの4週間でフランスを占領してしまいました。

●第2次世界大戦の反省よりフランス原発大国へ
第2次世界大戦後、フランスは2つの反省をしました。1つは、「経済政策の失敗」の反省です。海外投資に偏り国内の工業を軽視したことが軍事力低下につながり、2次大戦においてフランスの命取りとなったからです。この反省から、フランスは戦後国営企業に力を入れます。具体的には、赤字だった自国のエアバス社に莫大な税金を注入し続け、国産機を維持しました。他にも、高速鉄道TGVや超音速旅客機コンコルドの開発など工業技術を重視した国策を行っております。

そして、もう1つは、「外交政策の失敗」の反省です。今までイギリスの軍事力という後ろ盾を頼りにしてきた外交がナチス・ドイツの侵攻を招いたという反省になります。これによりフランスは、自給自足を第一に外国に依存することなく小麦からミサイルまでの国になりました。エネルギーも同じで火力発電頼りでは、燃料となる石油をアメリカの影響下にある中東から購入する必要があるため政治的な問題が発生する可能性があり、2次大戦の二の舞になってしまいます。しかし、ウランを燃料とする原子力発電であれば石油に比べて産出地域に偏りが少なく原料を安定的に供給できます。
こうした反省からフランスは、リスクの大きい原発をパリやリヨンやマルセイユなどの大都市にも多く建造しているのです。

これが、フランスの異常なまでの原子力発電依存率の高さの経緯になります。

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