【国際連盟と国際連合の違いとは】日本が国際連合で影が薄い理由とは!?

教養/豆知識

「国際連盟(League of Nations)」と「国際連合(United Nations)」を聞いたことがある人はきっと多いと思います。
しかし、この2つの平和機構である国際機関は本質的に考え方が全く違う性質のものになります。
日本は国際連合に加盟しており、この国際連合の毎年の分担金をアメリカに次いで2番目に払っているにも関わらず、1956年に加盟して以来、常任理事国5カ国は中国、フランス、ロシア、イギリス、アメリカとずーっとうすーい座布団で末席の扱いとなっております。
今回はその日本が末席扱いの理由と国際連盟と国際連合の特徴やそれぞれの国際機関が出来た歴史的な経緯などについて解説していきたいと思います!
(この記事は、『ゆげ塾のマンガ構造がわかる世界史』を参考にしております。)

国際連合が作られた背景はズバリ以下になります!
➡国際連合は、1945年10月24日に発足したもので第二次世界大戦中の戦勝国である連合国という軍事同盟をベースに平和機構の形を整えるために作られました。そのため、敗戦国である日本は、現在においても国際連合において末席の扱いとなっているのです。

それではこの国際連盟と国際連合の設立までについて順を追って説明していきたいと思います!

●第1次世界大戦勃発、国際連盟の設立
日本が大正時代になってすぐの1914年に第1次世界大戦が発生します。この人類の歴史上初の大規模な世界大戦は多くの国に甚大なダメージを与えました。その悲劇を繰り返さないために戦後1920年に平和機構である国際連盟(League of Nations)が設立されました。現在の国際連合の前身である国際連盟になります。本部はスイスのジュネーヴになります。

この国際連盟の設立当初の常任理事国はイギリス、フランス、イタリア、日本の4カ国であり、日本は入っておりました。
一方、アメリカは、当時の民主党のウィルソン大統領が発表した「十四カ条の平和原則」を元に国際連盟を作ろうと提唱したのですが、孤立主義いわゆるモンロー主義を掲げる共和党による議会の反対で国際連盟に加盟することは出来ませんでした。泣
現在の国際連合の常任理事国であるロシア(当時はソ連)と中国は、国内が内乱などで乱れており加盟しておりませんでした。

●国際連盟No.2新渡戸稲造
この国際連盟において欠かすことが出来ない存在が我らが日本人である国際連盟初代事務次長であり国際連盟No.2である新渡戸稲造さんになります。
昔の5000円札の方になります。↓

この時期の日本は東洋唯一の列強として国際的地位はとても高く領土としてもサイパンやパラオなどの赤道付近の常夏の島まで日本の領土でまさに当時の日本はイケイケの状態だったのです。しかし、そんな日本の栄光の時代も長くは続きませんでした。。
太平洋の覇権を争っていたアメリカが本格的に日本を封じ込めにかかります。

 

●アメリカによる日英同盟の破棄要求
本格的に日本を封じ込めに来たアメリカは1922年「ワシントン海軍軍縮条約」によって主力戦艦保有率を制限し、日本は出来上がったばかりの軍艦土佐をはじめ多くの軍艦を廃棄することとなってしまいます。
さらに、アメリカは日英の結びつきを恐れ1902年から結んでいた日英同盟を破棄させるようイギリスに求めます。イギリスは第1次世界大戦でアメリカから武器を大量に購入し借金があったことから従うことになります。

アメリカさんはなかなか横暴ですね。。つまり、アメリカはこの時からすでに日本を仮想敵国としてとらえていたのです。それだけ当時の日本は力を持っていたといえます。こうして、1923年に日英同盟は破棄となってしまいました。

●世界恐慌遠因による日本の国際連盟の脱退
そして、1929年に世界恐慌が起こります。アメリカ・イギリス・フランスがブロック経済で植民地を囲い込み、対して日本・ドイツ・イタリアも本格的に植民地を獲得するように動くこととなります。日本は、植民地の必要性から中国の東北部である満州を侵略しました。これが1931年満州事変と1932年満州国建国になります。満州事変は日本の自作自演といろいろ訳アリで中国が国際連盟に提訴し、日本は国際連盟と揉めに揉めて常任理事国であったにも関わらず1933年に脱退してしまいます。

しかし、これは非常にマズイ事態となります。同年1933年に、日本を追うようにヒトラー率いるドイツも連盟を脱退することになります。こうして主要国を失った国際連盟はその平和維持機能を失ってしまうことになりました。これが、第2次世界大戦へと繋がる大きなきっかけとなり、この日本の国際連盟脱退は罪深いといえます。

●第2次世界大戦勃発、国際連合の設立
第2次世界大戦は日独伊である枢軸国とアメリカ・イギリス・フランス・中国・ソ連の連合国との対立になります。すなわち第2次世界大戦は、枢軸国vs連合国であり、当初はナチスドイツを先頭とする枢軸国が優勢でしたが、次第に枢軸国側の状況は劣勢となり、ソ連軍はドイツのベルリンについに迫り、硫黄島にアメリカの星条旗が掲げられることとなります。
こうした中、アメリカ大統領のルーズベルトは「連合国を中心に国際連合を作る。その加盟国になりたければ1945年3月1日までに我々連合国側に馳せ参じよ!」と言います。こうして、戦後は国際連合を中心に回ると考えた世界中の国々は形式上ではありますが、連合国側として我も我もと参戦することとなりました。こうして最終的に枢軸国側は壊滅することになります。
第2次世界大戦の連合国の英訳はUnited Nations、国際連合の英訳もUnited Nations。
つまり平和機構である国際連合は完全に戦勝国である連合国で「平和を作ろう!今度こそ第3次世界大戦などは起こさない!」というように作られた国際機関になります。


国際連合の本部はアメリカのニューヨークになります。

●国際連合の特徴
国際連合では、平和のために武力行使が認められています。平和と矛盾しているのではないかと疑問を抱いてしまいますが、、
これは、国際連合が軍事同盟であるから可能になります。前身の国際連盟では武力行使を認めておらず、経済制裁が限界であり即効性もなく今日、非現実的な平和主義だったとして批判されております。
敗戦国である日本は、1956年に国際連合に加盟しました。つまり、これは昔の敵である連合国という軍事同盟に入ったということです。なんと、実際に、現在の国際連合においても日本には「旧敵国条項」が適用されております。
国際連合は、平和機構です。国際連合間で紛争が起きた場合、まずは相談をするというルールがあり、その上でその平和を乱した国を集団全員で制裁します。この理屈を「集団安全保障」と言います。
しかし、日本の場合は、違います。日本は、元々第2次世界大戦で連合国の敵国であったため、日本に対する武力行使はなんと事後報告でOKなのです。。これが「旧敵国条項」になります。

 

●永世中立国スイスの国際連合への加盟
永世中立国であるスイスの国際連合への加盟は21世紀に入ってからの2002年になります。随分最近ですよね。
この永世中立国であるスイスはそれまで国際連合を軍事同盟だと考えていたため、戦後57年間加盟しておりませんでしたが、そのスイスが加盟したという事は軍事同盟としての国連ではなく平和機構としての国際連合という認識が浸透した証と考えることが出来ます。

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