【老子】道教の始祖!老子が唱えたあるがままに生きる思想とは!?~諸子百家~

読書

中国や今の日本にも多大な影響を及ぼしている思想書といえば、儒家の始祖である孔子の『論語』になります。

その『論語』に勝るとも劣らない影響力をもつ書物が、中国にはあります。

それが道家の始祖である老子の書『老子』になります。人の名前と書物の名前が一緒で若干厄介ですが、、笑

中国3大仏教としてあげられる儒教、道教、仏教

今回はのちの道教に繋がる老子と書物『老子』について簡単にご紹介したいと思います!!
(この記事は『老子 100分de名著』を参考にしております。)

 

●老子プロフィール
生誕 紀元前571?-紀元前471?
出生地 楚の苦県(現在の河南省周口市鹿邑県)
道家の始祖、中国春秋時代における哲学者
のちの道教の祖として神格化され、太上老君、道徳天尊と呼ばれている。

 

●書物『老子』の内容について簡単に紹介
-老子が唱えた「道」
『老子』は、「道」について語られた書物になります。この道とは、普段我々が歩くために使っている道路のことではありません。
『老子』のいう道とはすべてのものを生み出す根源であり、同時に人間の知恵を超えた根本原理になります。つまり儒家の道を一歩進めて、人間社会のことだけでなく、はるか宇宙に至るまでありとあらゆる物の生成や存在は道に拠っていると考えたものになります。
超ざっくり言うと『老子』のいう道とは、私たち人間の知恵や言葉で表現できるようなものではない。それは、形もなければ音もなく、何にも依存せず、何にも左右されず、ずーっと変わらない。
そもそも、道という名前すら仮のものであり、本当は名前すらない。名づけることすらおこがましい。おそらくはそういう崇高なものになります。道は万物の母であり、無限のエネルギーを秘めたものでもあります。
だからこそ、その道にしたがってあるがままに生きることが大事なのだという、すなわち”無為自然”な生き方こそが理想なのだと老子は説いています。
これだけを聞いて分かる人は絶対にいないと思いますし、道についてもっと知りたいという方はまた書籍等で読んで頂けたらと思います。無為自然については、後に述べております。

-儒家思想へのアンチテーゼ
老子が生きていた時代は春秋戦国時代漫画キングダムの世界になります。
この争いが絶えない時代にどうしたら戦いを収拾して社会を安定させられるか、さかんに議論が行われる中で諸子百家(孔子、老子、孫子などなど)と呼ばれる多数の思想家が現れます。その中でも幅をきかせていたのが孔子であり、孔子の始まる儒家でした。儒家思想は、仁・義・礼などのモラルを尊重しております。上下関係、主従関係を重んずることで安定した社会を作ろうという思想になります。しかし、孔子の儒家思想を基本にした社会は、厳格な階級制度や士農工商といった身分制度のシステムの上に成り立っております。こうした儒家思想に反旗を翻し、そのアンチテーゼとして生まれた思想が老子思想になります。儒家が「礼」を人間にとって大切なものとしてとらえたのに対して、老子は最も大切なものである「道」がなくなったからこそ、人は「礼」へと向かっていったのであり、本来の元の場所=「道」に戻るべきだと真っ向から儒家を否定しています。心から感謝する誠実さが失われたから形式としての「礼」が必要になる。世の中が乱れて心が忘れられると、それを繕うために「礼=儒家思想」が生まれるのだと老子は嘆いているのです。まさに”大道廃れて仁義あり”の中身になります。

 

-庶民の『癒しの書』だけではなく支配階層の『権謀術数の書』としての側面
老子が生きたとされる春秋戦時代の後に秦の時代が訪れます。中国統一を果たして強大な権力を持った秦王朝ですが、万里の長城や阿房宮の建設に大量の農民を撤廃し、厳しい思想統制を行うなど圧政を敷いて人民を非常に苦しめました。これに不満を抱いた人々が反乱を起こしたために秦は短期間で倒れ漢王朝が成立しました。この漢王朝は秦の時代を反面教師として今までとは違った政策で国を統治しようと考えたのです。このときに用いられたのが老子の教えを基調とする「黄老思想」になります。この思想は、「君主は何もせず民の自主性を尊重する」といった人民に干渉せず農業を中心とした国づくりを基本としています。こうした統治論には、それまでの社会常識を覆すような反体制的な姿勢が貫かれているのも1つの特徴になります。その他にも、知識は身に付けない方がいい、柔らかいものこそ強い、君主は低い場所にいるべきだといった考えが老子思想の大きな特徴になります。
このように『老子』という書物は競争社会から落ちこぼれた弱者を癒すためだけに書かれた大衆向けのものではなく、統治者に向けて書かれたいわば権謀術数(人をあざむくはかりごと)の書という側面もあるのです。

-無為自然
老子が唱えた「道」と並んで重要な老子思想に”無為自然”があります。万物が道に従って生きていくのに基本となるスタンス、立ち位置が”無為自然”です。
人間にとってどう生きるべきかの指標となるものであり、無為自然とはなんら作為をせず、あるがままの状態をいいます。
『老子』には、ー道は常に無為にして、しかも為さざる無し。ー
と書いてあります。何事も為さないでいながら、全てのことを為しているという謎かけのようなことが書かれております。
しかし、ここで用いられている”無為”は意図や作為のないさまという意味になり、何もしないでいるということではありません。
天地を例にしてみると、天や地は意思をもたないから常に無為の状態でありますが、無為でありながらもその働きは常にこの世界全体に行き渡っています。季節は巡り、太陽は大地を照らし、雲は雨を降らし、大地の上では植物や虫や動物がそれらの恩恵を受けて育っていきます。何をしようと考えなくとも天地は全てのことを為しているということになるのです。
老子は無為であるために学ぶべきではないといっています。つまり、知識は増やすべきではないと言い切っています。老子は、人間が成長するに従って身に付ける様々な欲望や知識を人間の活動に必要な原動力ではなく余計な付着物と捉えていました。捨てて捨てて捨て去り切ったところに「道」に通じる理想の世界が開けてくるという思想、よかれと思って身に付けてきたものが余計な付着物だったという思想は今を生きる私達にとってもなかなかに深い含蓄があるのではないでしょうか。

-水のように生きる
老子が唱える理想的な”無為”の在り方を表現した言葉が”柔弱”です。この柔弱の象徴として老子が挙げているのが「水」になります。
老子は水の存在を非常に尊重しました。水は大地に恵みを与え作物を育てたり、人々の喉を潤したり様々な利益を我々に与えています。川を流れる水に目を移すと、しなやかに方向を変えながら岩を避けるようにして流れていきます。そして、最終的には人が嫌がる濁っていたり、湿地であったりする低い場所に落ち着きます。こうした水を見て、老子は何事もあらがうことなく生きるものの象徴ととらえました。水はどんな形にも姿を変えることが出来、ちょっとした隙間にも入っていくことができます。また、柔らかくてしなやかな水は、時には金属や岩のような頑丈で重いものを動かすこともあります。このように老子は最も柔らかい水に大きな力が潜んでいることも理解した上で”上善は水の若し”と述べております。”柔よく剛を制す”ということわざがありますが、老子が唱えた「水は一見しなやかで柔らかそうに見えるが、一方で重くて堅いものを動かしてしまう力を持っている」という”上善若水”の思想が語源となっているのです。

 

-老子が描いた理想の社会
老子が描いた理想の社会はズバリ”小国寡民”になります。中国は現在に至るまで領土は広ければ広い方がいいという大国主義が主流となっていますが、老子は逆に「国はコンパクトな方がいい」と主張しました。
老子のいう統治者はへりくだるべきだとか、無為の統治をせよといった思想では大国は治まりません。老子は小国を理想として理論を展開したからこそ無為の統治という発想が生まれたのだと考えられます。
そして、この小国寡民が実現可能だったとした場合どんな暮らしが訪れるのか。『老子』には、非常に閉鎖的ではあるが、全ての住民が自分たちの衣食住に満足し、自分たちの風俗的習慣を楽しむ満ち足りた暮らしが訪れるはずだと書いてあります。こうした小国寡民の社会でも当然統治者はいますが、誰もその存在を意識しないため支配階層はないも同然となり、そこには何の進歩も発展もありませんが平穏無事といえばこれほど平穏な社会はありません。こうした普遍的な命題を現代の私達に投げかけてくるのも『老子』という書物の持つ大きな魅力になります。

●老子思想集
無為自然・・・作為がなく、自然のままであること。ことさらに知や欲をはたらかせず、自然に生きることをよしとする思想。
上善若水・・・水のようなあり方を理想とする思想。柔よく剛を制すに繋がる思想。
小国寡民・・・小さい国で、国民も少ないのが理想的であるという思想。
大器晩成・・・大人物は普通より遅れて大成するということ。
和光同塵・・・自分の才能や徳を隠して、世俗の中に交じってつつしみ深く、目立たないように暮らすこと。類義語として、能ある鷹は爪を隠すがある。
天網恢恢・・・てんもうかいかい。悪行には必ず天罰が下るということ。 善は必ず栄え、悪は必ず滅びる。天の網の目は一見粗いようだが、決して悪を見過ごすことはない。

 

●老子に影響を受けた有名人
トルストイ・・・イワンの馬鹿が有名
ガンディー・・・非暴力、不服従、トルストイに大きく影響
ドラゴンボール(人ではありませんが・・・)

 

●感想
頑張らなくていい。あるがままでいい。といった庶民の癒しの書のイメージがあったのですが、人をあざむくはかりごとである権謀術数について書かれていたのは意外でした。
個人の処世術というよりむしろ国や領土をいかにうまく治めていくかといった統治論が多く書かれていたのは、漫画キングダムのようにまさに乱世の時代で統治者に向けていかに平和的に世の中を治めるよう問いかけたかったからだと思います。
孔子の儒家思想のアンチテーゼとして生まれた老子思想。「努力が大事、知識を身に付けるのが大事、礼儀が大事」といった当たり前のように刷り込まれている考え方から脱却して、新しい世界が開けたようなそんな不思議な感覚をもたらしてくれる思想だと思いました。

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